東京地方裁判所 平成2年(ワ)3457号 判決
東京都千代田区麹町五丁目七番地秀和紀尾井町
TBRビル八一四号室
参加人
エス・エヌ・ピー株式会社
右代表者代表取締役
吉田修一
右訴訟代理人弁護士
久保田理子
東京都新宿区高田馬場二丁目一四番二号
脱退原告
株式会社デーエヌ
右代表者清算人
今井明
右訴訟代理人弁護士
河合弘之
竹内康二
西村國彦
栗宇一樹
堀裕一
安田修
長尾節之
東京都品川区東五反田五丁目二一番二号
被告
株式会社二川研究所
右代表者代表取締役
二川敏信
東京都品川区東五反田五丁目二一番二-五〇三号
被告
二川敏信
右両名訴訟代理人弁護士
名城潔
主文
一 被告らは、参加人に対し、連帯して二億五〇〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年一〇月一五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 参加人のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを四分し、その三を参加人、その余を被告らの各負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 参加人
1 被告らは、参加人に対し、連帯して一一億〇七六六万円及びこれに対する昭和六〇年(ワ)第一一五六一号事件の訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決
二 被告ら
1 参加人の請求を棄却する。
2 訴訟費用は参加人の負担とする。
との判決
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 脱退原告(旧商号大日本コンピュータシステム株式会社)は、各種ソフトウェアの開発作成及び販売並びにデータ処理の受託等を主たる営業種目として昭和五七年一一月一日に設立された株式会社であり、また、被告株式会社二川研究所(以下「被告会社」という。)は、同五八年一二月一六日に設立された株式会社であって、被告二川敏信(以下「被告二川」という。)は、被告会社の設立以来、その代表取締役の地位にあったものである。
2 被告らの不法行為責任
(一) 六億二〇〇〇万円の支払いについて
(1) 脱退原告は、昭和五八年一一月三〇日、被告二川から、発明の名称を「テープ駆動装置」とする発明についての特許出願(同五八年特願第一二三五〇号)後における特許を受ける権利(以下「本件権利」という。)を買い受け、同五九年五月三一日、同被告に対し、右権利の代金として六億二〇〇〇万円を支払った。
(2) 脱退原告の右金員の支払いは、次のように行われたものである。すなわち、被告二川は、脱退原告がコードセレクターに関する機械の知識を有していないことに乗じて、同被告がかつてコードセレクターを完成したことがなく、また、約束の期限までに本件権利に係る発明のコードセレクターを製品化する確実な見通しがないのに、脱退原告に対し、「シャープ、松下、安立電気のコードセレクターは、すべて二川の有する特許権に基づき、二川が開発し完成したものだ。」、「昭和五九年七月までには必ず製品化し、市場に売り出すことができる。」などと虚偽の事実を申し向け、脱退原告をしてその旨誤信させて、右支払いをさせたものである。脱退原告は、これにより、右同額の損害を被った。
(3) したがって、被告二川は、脱退原告に対し、民法七〇九条の規定に基づく損害賠償義務を負うとともに、同被告の行為は、被告会社の職務を行うについてされたものであるから、被告会社もまた、脱退原告に対し、商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項の規定に基づく損害賠償義務を負うものである。
(二) 七二〇〇万円及び四億一五六六万円の支払いについて
(1) 脱退原告は、昭和五八年一二月から同五九年一一月までの間、脱退原告と被告二川とが設立した株式会社アドヴァンスト テクノロジイ ビジネス クリエーション(以下「アドヴァンスト社」という。)を通して、被告会社に対し、コンサルタント料として、毎月六〇〇万円、合計七二〇〇万円を支払った。
また、脱退原告は、アドヴァンスト社を通し、被告会社に対し、コードセレクターの試作機開発費の実費として、次のとおり、合計四億一五六六万円を支払った。
昭和五九年 二月二九日 一六〇〇万円
四月二七日 一五〇〇万円
五月三一日 六〇〇万円
六月八日 六〇〇万円
二九日 一一〇〇万円
七月一六日 八〇〇万円
二九日 三四万円(返還)
三一日 二四〇〇万円
九月一〇日 五〇〇〇万円
二七日 一億五〇〇〇万円
一〇月一七日 四〇〇〇万円
三一日 六〇〇〇万円
一一月 三〇〇〇万円
(2) 脱退原告の右金員の各支払いは、次のように行われたものである。すなわち、被告二川は、本件権利に係る発明のコードセレクターに代えて、これと同等の機能を有するコードセレクターを製品化する技術、知識がないのに、脱退原告に対し、「一軸水平方式、二軸対向方式のコードセレクターは昭和五九年七月までに必ず完成する。」、「二川に対するコンサルタント料を支払えば、必ずコードセレクターを完成させることができる。」、「一軸水平方式、二軸対向方式の製品化のために下請に支払う製作費が必要である。」、「一軸水平方式あるいは二軸対向方式を採用すれば、右期限までに当初約束したものに劣らない製品ができる。」旨及び被告二川が右方式のコードセレクターに関する権利を有している旨の虚偽の事実を申し向け、脱退原告をしてその旨誤信させて、右各支払いをさせたものである。脱退原告は、これにより、右同額の損害を被った。
(3) したがって、被告二川は、脱退原告に対し、民法七〇九条の規定に基づく損害賠償義務を負うとともに、同被告の行為は、被告会社の職務を行うについてされたものであるから、被告会社もまた、脱退原告に対し、商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項の規定に基づく損害賠償義務を負うものである。
3 債権譲渡
脱退原告は、平成二年三月六日、参加人に対し、脱退原告の被告らに対する右2の各損害賠償請求権を譲渡した。脱退原告は、同月一五日、被告らに対し、右譲渡の通知を行い、右通知は、同月一六日頃、被告らに到達した。
4 よって、参加人は、被告らに対し、損害賠償として、一一億〇七六六万円及びこれに対する昭和六〇年(ワ)第一一五六一号事件の訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払いを求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1の事実は認める。
2(一) 同2(一)の事実のうち、(1)は認めるが、(2)及び(3)は否認する。
(二) 同2(二)の事実のうち、(1)は認めるが(ただし、そのうちの合計四億一五六六万円の支払いは、製品開発の対価(開発費の実費及び利益)としてされたものである。)、(2)及び(3)は否認する。
3 同3の事実のうち、譲渡の通知が平成二年三月一六日頃に被告らに到達したことは認めるが、その余は知らない。
第三 証拠関係
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求の原因1の事実は、当事者間に争いがない。
二 請求の原因2の事実について判断する。
1 六億二〇〇〇万円の支払いについて
(一) 請求の原因2(一)(1)の事実は当事者間に争いがなく、同事実と前示当事者間に争いのない請求の原因1の事実に、成立に争いのない甲第一号証ないし第五号証、第六号証及び第七号証の各一、二、第八号証の一ないし六、第九号証の一、二、丙第一号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第八号証ないし第一四号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第六号証の三の一、二、同号証の四、第八号証の七、八、第九号証の四、五、被告二川作成部分については成立に争いがなく、その余の部分については弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第三〇号証の一ないし五、証人大川潤次郎の証言、脱退原告代表者中野政幸及び被告本人兼被告会社代表者二川敏信の各尋問の結果(ただし、右証言及び各尋問の結果中の後記採用しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
(1) 被告二川は、昭和四七年一一月、株式会社システマティクスを設立し、その代表取締役の地位にあったものであるが、同五〇年四月頃、大阪科学技術センターと共同して、新型のマイクロコンピュータ「XO2」を開発し、これをシャープに委託して生産し、また、同五二年六月頃、板ガラス建材業界や飲食業界向けのミニコンピュータ「えびすシリーズ」を開発して、リコーにその生産を委託し、同年一〇月頃、漢字処理ができるオフィスコンピュータ「えびす7-Ⅱ」を開発したことがあり、更に、同五一年に開発したカートリッジ方式の高速・多項目入力装置「キーマット」を、安立電気に生産を委託して、松下電器のオフィスコンピュータ「BC-五〇〇〇」の入力装置として供給していたことがあった。
(2) 脱退原告の代表取締役の地位にあった中野政幸(以下「中野」という。)は、昭和五八年二月頃、被告二川と知り合った。中野は、同被告との話の中で話題になった多項目入力装置に興味を抱き、同被告が作った同装置のモデルを日本電気株式会社に持ち込んで、同社の技術者に意見を聞いたところ、開発の可能性があるとの感触を得たので、同被告から、脱退原告において右多項目入力装置の開発に必要な権利を買い取り、その製品化を進めようと考えた。ところが、同被告は、当時、他に借財を負っており、その債権者からの追及を免れ、右製品化に没頭するためには、その借財を返済する必要があった。そこで、脱退原告は、右借財の返済のため、同被告に対し、同年五月一〇日に三二〇〇万円を貸し付け、更に、同月三一日に右三二〇〇万円の返済を受けるとともに一億一五〇〇万円を貸し付けた。
(3) 中野と被告二川は、新会社を設立して、右多項目入力装置の開発を進めることにし、昭和五八年六月一一日、中野が六七〇万円、被告二川が三〇〇万円(ただし、被告二川の出資分は、脱退原告が負担した。)及びその他の六名が各五万円を出資して株式会社大日本メカトロン(以下「メカトロン社」という。)を設立し、その代表取締役に中野が就任した。メカトロン社は、同月三〇日、同被告から、同年特許願第一二三五〇号(発明の名称「テープ駆動装置」)を分割出願した特許出願に係る発明の名称を「多項目入力装置」とする発明についての特許を受ける権利を買い受け、脱退原告は、同年七月一五日までに、同被告に対し、メカトロン社に代わり、右権利の代金として合計五〇〇〇万円(うち三〇〇万円は、脱退原告が負担した右出資分を代金の支払いに充てた。)を支払った(ただし、契約書上は、メカトロン社が、同被告から右権利の譲渡を受けるとともに、同被告からその有する株式会社システマティクスの株式二〇〇〇株を買い受け、その代金として五〇〇〇万円を支払うというものである。)。
(4) メカトロン社は、テープ駆動装置の原理を用いた多項目入力装置の製品化を進めるために、社内に中野を委員長とする開発委員会を設置した。そして、その試作機を製造することとし、まず、タウ技研にこれを依頼したが、十分な試作機はできあがらず、次に、大日機工にこれを依頼したが、ここでも試作機はできあがらなかった。そこで、更に、東京機電にこれを依頼すると、一応の試作機ができあがったので、中野は、日本電気株式会社に右試作機を持ち込んで意見を聞いたところ、製品として完成したときには購入する可能性があるとの感触を得た。また、脱退原告と取引があったミロク経理からも、製品として完成したときには購入することを示唆された。しかし、脱退原告は、東京機電が開発のための十分な技術力を有していないと判断し、昭和五八年一一月頃、アルプス電気株式会社にその開発を依頼した。
(5) また、脱退原告は、本件権利に係る発明のテープ駆動装置の原理を用いれば、多項目入力装置以外の用途にも大きな期待をかけることができるが、仮に本件権利が他に譲渡されたときは、多項目入力装置が本件権利に抵触し、同装置の販売の障害となることも予想されたので、昭和五八年一一月三〇日、被告二川から、本件権利を代金六億円で買い受けることにした。そこで、脱退原告と同被告は、前(3)の多項目入力装置の発明についての特許を受ける権利の売買のときと同様に、脱退原告と同被告とで設立する新会社が、同被告から本件権利の譲渡を受けることにするとともに、同被告が、脱退原告に対し、その取得する右新会社の株式について、同五九年度に発行済株式の一五%を四億円、同六〇年度にその五%を七〇〇〇万円、同六一年度にその五%を六五〇〇万円、同六二年度にその五%を六五〇〇万円の合計六億円で、脱退原告の指定する者のために売り渡すということにして、このことを内容とする同五八年一一月三〇日付合意書及び同日付覚書を作成した。脱退原告と同被告は、同年一二月二三日、脱退原告が一五七五万円、同被告が一九二五万円を出資して、右にいう新会社であるアドヴァンスト社を設立した。なお、脱退原告は、本件権利の売買に伴い、同被告に対し、同五九年度に二億円、同六〇年度に七〇〇〇万円、同六一年度に六五〇〇万円、同六二年度に六五〇〇万円を弁済することを約して、四億円を貸すことにし、同五八年一一月三〇日に三〇〇〇万円、同年一二月五日に三億七〇〇〇万円の合計四億円を同被告に交付した。
(6) しかしながら、アルプス電気株式会社は、昭和五八年一二月中旬頃、テープ駆動装置の原理を用いた多項目入力装置の開発の依頼を断ってきた。脱退原告は、被告二川に対する右(5)の四億円の貸付けに当たり、親会社である伊藤萬株式会社に同五九年七月までに多項目入力装置の製品化を完成するとの事業計画を提出して、同社から右貸付けの資金を借り入れていたことから、多項目入力装置の製品化を急ぐため、同被告の提案を容れて、本件権利に係る発明の開発を棚上げし、同被告の有するその他の発明による多項目入力装置の開発を図ることにした。そして、その開発は、同被告が同五八年一二月一六日に設立した被告会社が担当することになった。
(7) 被告会社は、まず、一軸水平方式による多項目入力装置の開発に着手したが、その後、二軸対向方式による多項目入力装置の開発を進め、昭和五九年七月頃までに、二軸対向方式による多項目入力装置の試作機ができあがってきた。脱退原告は、同年五月三一日、右二軸対向方式による多項目入力装置の開発の見通しが立ったことから、被告二川に対し、本件権利の代金として、一括して六億二〇〇〇万円を支払った(ただし、うち四億円は、前(5)の同額の貸金の弁済に充てた。)。
(8) 本件権利に係る発明の開発は、棚上げされたまま現在にいたっており、その製品化はされていない。
以上の事実が認められ、証人大川潤次郎の証言、脱退原告代表者中野政幸及び被告本人兼被告会社代表者二川敏信の各尋問の結果中、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして、採用することができない。
(二) そこで、請求の原因2(一)(2)の事実について審案するに、甲第二五号証、第二六号証(中野作成の報告書)の記載中及び脱退原告代表者中野政幸尋問の結果中には、被告二川が、脱退原告に対し、「シャープ、松下、安立電気のコードセレクターは、すべて二川の有する特許権に基づき、二川が開発し完成したものだ。」、「昭和五九年七月までには必ず製品化し、市場に売り出すことができる。」旨の事実を申し向けたとの参加人の主張に沿う記載部分及び供述部分があるが、右記載部分及び供述部分は、反対趣旨の被告本人兼被告会社代表者二川敏信尋問の結果に照らして、にわかに採用することができず、他に、同被告が、脱退原告に対し、自己の経歴に関して、ことさらに虚偽の事実を告げたり、また、本件権利に係る発明に関して、昭和五九年七月までの製品化が確実である旨を断言したりしたことを認めるに足りる証拠はない。そして、本件全証拠によっても、同被告が、本件権利の売買に関し、脱退原告に対し、その他何らかの虚偽の事実を申し向けたことを認めることもできない。
しかも、右(一)認定の事実によれば、本件権利を買い受けるのに先立ち、脱退原告の代表取締役の地位にあった中野は、被告二川が作った多項目入力装置のモデルを日本電気株式会社に持ち込んで、同社の技術者に意見を聞き、まず、発明の名称を「多項目入力装置」とする発明についての特許を受ける権利をメカトロン社において買い受け、同社内に開発委員会を設置して、右権利に係る発明の製品化を進め、できあがった試作機について、日本電気株式会社及びミロク経理に意見を聞くなどし、そのうえで、本件権利に係る発明のテープ駆動装置の原理を用いれば、多項目入力装置以外の用途にも大きな期待をかけることができるが、仮に本件権利が他に譲渡されたときは、多項目入力装置が本件権利に抵触し、同装置の販売の障害となることも予想されたことから、本件権利を買い受けたというのであるから、中野は、被告二川の勧誘に対して、これをそのまま鵜呑みにしていたとはいえない。また、本件権利に係る発明の開発は、棚上げされたまま現在に至っているものであるが、もともと、特許を受ける権利に係る発明については、これが特許権の設定の登録を受けることができなかったり、その製品化に成功しなかったりすることは、通常見られるところであり、脱退原告代表者中野政幸尋問の結果によれば、中野は、このことを知っていたことが認められるのであるから、中野は、本件権利を買い受けるに当たり、これが特許権の設定の登録を受けることができなかったり、また、その製品化に成功しなかったりすることの危険をも十分に考慮していたものと考えざるを得ない。更に、脱退原告は、本件権利に係る発明の開発が棚上げされたままの状態であったにもかかわらず、昭和五九年五月三一日、被告二川に対し、本件権利の代金(契約書上は、アドヴァンスト社の株式の代金)として、当初に合意した額である六億円に二〇〇〇万円を加算するとともに、同五九年度から同六二年度までの四年間に分割して支払うものであったものを一括して、六億二〇〇〇万円を支払っているのであるから、これらの事情に鑑みれば、脱退原告は、本件特許を受ける権利の内容、その製品化の可能性及び製品化に成功した際に見込まれる利益、また、成功しなかった際の危険等について慎重に調査検討したうえ、自らの自主的な判断に従って、本件権利を買い受け、その代金を支払ったものであるといわざるをえないから、被告二川による本件権利の購入の勧誘が、その態様、方法等において、欺罔行為を構成するということもできない。
(三) そうであれば、請求の原因2(一)の六億二〇〇〇万円の支払いに関する参加人の請求は、理由がない。
2 七二〇〇万円及び四億一五六六万円の支払いについて
(一) 請求の原因2(二)(1)の事実は当事者間に争いがなく、右事実に成立に争いのない甲第一三号証、第一四号証、第一六号証の一ないし一二、第一七号証の一ないし七、乙第一六号証、第一七号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第一〇号証ないし第一二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一八号証の一ないし一八、証人大川潤次郎の証言、脱退原告代表者中野政幸及び被告本人兼被告会社代表者二川敏信の各尋問の結果(ただし、右各尋問の結果中の後記採用しない部分を除く。)を総合すれば、次の事実が認められる。
(1) 脱退原告は、前1(一)(6)のとおり、アルプス電気株式会社が、昭和五八年一二月中旬頃に、テープ駆動装置の原理を用いた多項目入力装置の開発の依頼を断ってきたので、多項目入力装置の製品化を急ぐため、被告二川の提案を容れて、同被告の有するその他の発明による多項目入力装置の開発を図ることにしたが、その開発には被告会社が担当することになったので、中野は、その頃、被告二川との間で、開発のための研究、開発メーカーの選定及びその監督等の開発業務の委託料として、脱退原告から被告会社に対してコンサルタント料の名目で毎月六〇〇万円を支払うことを約した。
(2) 脱退原告は、被告会社に対し、アドヴァンスト社を通して、昭和五八年一二月分から同五九年一一月分まで、コンサルタント料の名目で毎月六〇〇万円ずつ合計七二〇〇万円を支払った。
(3) 被告会社は、まず、一軸水平方式による多項目入力装置の開発に着手し、その後、二軸対向方式による多項目入力装置、更にロータリー型の開発を進めたものであるが、脱退原告に対し、右開発のために要した費用として、次のとおり合計四億一六〇〇万円を請求し、脱退原告は、これに応じて、被告会社に対し、請求の原因2(二)(1)のとおり合計四億一五六六万円を支払った。
昭和五九年 三月 一六〇〇万円
四月 一五〇〇万円(試作機中間金)
五月 一二〇〇万円(試作機中間金)
六月 一一〇〇万円(試作機中間金)
七月 三二〇〇万円(試作機中間金)
九月 二億円(コードセレクター試作機(ミロク専用五〇台一億五〇〇〇万円及びセットキーボード九台五〇〇〇万円))
一〇月 一億円(コードセレクター試作機(汎用型五〇台))
一二月 三〇〇〇万円
(4) 脱退原告と被告会社は、二軸対向方式による多項目入力装置の試作品ができ上がってきていることから、その展示会を開催することとし、昭和五九年一一月一日には東京で、また、同月一六日には大阪で、右試作品の展示会を開催した。
(5) そして、脱退原告と被告会社は、昭和五九年一一月一五日、伊藤萬株式会社とともに、被告二川の発明等に基づいて開発された多項目入力、検索装置群を使用した事業を「コーディ事業」と称して、その業務提携をするための仮契約を締結した。しかしながら、その後の協議が整わなかったので、脱退原告、被告会社及び伊藤萬株式会社は、同年一二月三一日、右仮契約を合意解約し、業務提携に関する本契約を締結するには至らなかった。
以上の事実が認められ、脱退原告代表者中野政幸及び被告本人兼被告会社代表者二川敏信の各尋問の結果中、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして、採用することができない。
(二) そこで、請求の原因2(二)(2)の事実のうち、七二〇〇万円のコンサルタント料の支払いに関する点について審案するに、甲第二五号証、第二六号証の記載中及び脱退原告代表者中野政幸尋問の結果中には、参加人の主張に沿うような記載部分及び供述部分があるが、右記載部分及び供述部分は、右(一)認定の事実に照らして、にわかに採用しえないものといわざるをえず、他に、同被告が、脱退原告に対し、一軸水平方式、二軸対向方式のコードセレクター(多項目入力装置)について、昭和五九年七月までの完成が確実である旨を断言したりしたことを認めるに足りる証拠はない。そして、本件全証拠によっても、同被告が、七二〇〇万円のコンサルタント料の支払いに関して、脱退原告に対し、その他何らかの虚偽の事実を申し向けたことを認めることもできない。
(三) 次に、請求の原因2(二)(2)の事実のうち、四億一五六六万円の開発費の支払いに関する点について検討する。被告会社が、脱退原告に対し、多項目入力装置の開発のために要した費用として、合計四億一六〇〇万円の支払いを請求し、脱退原告は、これに応じて、被告会社に対し、請求の原因2(二)(1)のとおり、合計四億一五六六万円を支払ったことは、前(一)認定のとおりである。ところで、証人大川潤次郎の証言、脱退原告代表者中野政幸及び被告本人兼被告会社代表者二川敏信の各尋問の結果によれば、脱退原告が支払った合計四億一五六六万円のうち、少なくともミロク専用のコードセレクター試作機五〇台一億五〇〇〇万円及び汎用型のコードセレクター試作機五〇台一億円の支払分については、被告会社は、右各支払分に相応するコードセレクター試作機を全く製作していなかったことが認められ、右及び前(一)認定の事実によれば、被告二川は、被告会社の代表取締役として、実際には支出していないにもかかわらず、多項目入力装置の開発のために要した費用であると称して、合計二億五〇〇〇万円の支払いを請求し、脱退原告は、そのように誤信して、同額の金員を支払ったものと認められる。もっとも、成立に争いのない甲第二一号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第二〇号証中には、多項目入力装置の開発費が合計三億三二五五万円である旨の記載があり、また、被告本人兼被告会社代表者二川敏信尋問の結果中にも、右甲号各証記載のとおり、開発費が約三億三〇〇〇万円であり、残る約八〇〇〇万円が被告会社の利益である旨の供述部分がある。ところで、証人大川潤次郎の証言によれば、甲第二〇号証及び第二一号証は、脱退原告の管理及び経理を担当していた大川潤次郎が、被告会社の開発費の請求書の記載ではその明細が明らかでなかったため、被告会社に対し、開発費の明細を明らかにするよう要求し、これにより、被告会社から、脱退原告に提出されたものであることが認められるところ、甲第二一号証は、納品済試作品一覧と題する書面で、開発費として、(1)一軸水平型一次試作(二台製作)合計一四三八万円、同五九年四月末納品、(2)一軸水平型二次試作(二台製作、一次試作の部品転用)合計二九六三万円、同五九年五月末納品、(3)一軸水平型三次試作(二台製作、二次試作の部品転用)合計三八八八万円、同五九年六月末納品、(4)二軸対向一次試作(二台製作)合計五二三二万円、同五九年三月末納品、(5)二軸対向二次試作(三台製作)合計四四四〇万円、同五九年七月末納品、(6)二軸対向三次試作(一一月一日ショー向)(八台製作)合計一億〇二八四万円、同五九年一〇月末納品、(7)二軸対向手動式試作(一台製作)合計三三六万円、同五九年七月末納品、(8)二軸対向三角/五角実験試作(三台製作(三角二台、五角一台))合計三六〇万円、同五九年七月末納品、(9)インデックスドラム型実験試作(三台製作)合計四三二万円、同五九年四月末納品、(10)テレフオンインデックス機能試作(一台製作)合計三三七八万円、同五九年六月末納品、(11)長尺自動巻き取実験試作(一台製作)合計五〇四万円、同五九年五月末納品という記載がされており、また、甲第二〇号証は、開発費内訳一覧表と題する書面で、右(1)ないし(11)について、それぞれ、機械設計、電気設計、ソフト設計開発、部品購入、加工、組配、組調、デバッグ及び管理の各項目に分けた内訳についての記載がされている。しかしながら、甲第二一号証に記載された右(1)ないし(11)の納品時及び費用の額は、前(一)(3)で認定した被告会社による開発費の請求時及びその額と著しく齟齬しているのであって、仮に被告会社が甲第二〇号証及び甲第二一号証に記載されたとおりの支出をしていたのであれば、前(一)(3)で認定したような請求をするのは、不自然であって、右甲号各証をもって、直ちに真実が記載されているものと認定することは困難である。また、被告本人兼被告会社代表者二川敏信は、その尋問の結果中、他の個所では、開発費の四億一五六六万円のうち、三億円くらいは、開発援助というような名目で支払いを受けたなど、右記載と相矛盾する供述をしているところであって、この点からも、右甲号各証をもって、直ちに真実が記載されているものと認定することは困難であるといわなければならない。また、被告本人兼被告会社代表者二川敏信の開発費の四億一五六六万円のうち、三億円くらいは、開発援助というような名目で支払いを受けたとの右供述部分にしても、それ自体極めてあいまいなものであるばかりか、開発費が約三億三〇〇〇万円であり、残る約八〇〇〇万円が被告会社の利益である旨の自己の前示供述部分とも相矛盾しているのである。しかも、前(一)(1)認定のとおり、中野は、被告会社が多項目入力装置の開発を担当することから、被告二川との間で、開発のための研究、開発メーカーの選定及びその監督等の開発業務の委託料として、脱退原告から被告会社に対してコンサルタント料の名目で毎月六〇〇万円を支払うことを約しているのであるから、脱退原告が、開発費と右コンサルタント料に加えて、更に、開発援助というような使途の明らかでない金員を支払うというのは不自然であるといわなければならない。そうすると、被告本人兼被告会社代表者二川敏信の右供述部分も、直ちに採用することができない。
以上のとおり、甲第二〇号証及び甲第二一号証の記載並びに被告本人兼被告会社代表者二川敏信の右各供述部分は、いずれも採用することができないものであり、他に、被告二川が、被告会社の代表取締役として、実際には支出していないにもかかわらず、多項目入力装置の開発のために要した費用であると称して、合計二億五〇〇〇万円の支払いを請求し、脱退原告は、そのように誤信して、同額の金員を支払ったものであるとの前認定を覆すに足りる証拠はない。
(四) 右(三)のとおり、被告二川は、被告会社の代表取締役として、実際には支出していないにもかかわらず、多項目入力装置の開発のために要した費用であると称して、合計二億五〇〇〇万円の支払いを請求し、脱退原告は、その旨誤信して、同額の金員を支払ったものであるところ、証人大川潤次郎の証言、脱退原告代表者中野政幸及び被告本人兼被告会社代表者二川敏信の各尋問の結果によれば、被告二川は、ミロク専用のコードセレクター試作機五〇台及び汎用型のコードセレクター試作機五〇台を製作する意思がなかったものと認められるから、以上の事実によると、脱退原告の合計二億五〇〇〇万円の支払いは、被告二川の欺罔行為によるものであり、脱退原告は、これにより、右同額の損害を被ったものといわざるをえない。
したがって、被告二川は、脱退原告に対し、民法七〇九条の規定により、脱退原告が被った右損害を賠償すべき義務がある。また、右認定の事実によれば、被告二川の欺罔行為は、被告会社の職務を行うについてされたものであるというべきであるから、被告会社もまた、脱退原告に対し、商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項の規定により、脱退原告が被った右損害を賠償すべき義務がある。
三 請求の原因3の事実のうち、譲渡の通知が、平成二年三月一六日頃に被告らに到達したことは、当事者間に争いがなく、官公署作成部分については成立に争いがなく、その余の部分については弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる丙第二号証によれば、脱退原告が、同月六日、参加人に対し、脱退原告の被告らに対する本件の損害賠償請求権を譲渡したことが認められる。
四 以上に判示したところによれば、参加人の被告らに対する請求は、二億五〇〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年(ワ)第一一五六一号事件の訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和六〇年一〇月一五日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は、失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条本文及び九三条一項本文の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 宍戸充 裁判官 髙野輝久)